=真澄記=
<浦の狢>
五城目の浦の城主に三浦兵庫がいた頃、浦の里で盆踊りがあった。
群がって踊る女たちに混じって、紅の帽子をなよよかにかぶって、見目麗しい姿の女がいる。
この女、夜ごと城から出てきて声良く唄い、しなやかに舞い、人々の噂になった。
人々は群がって「女を見てみたい。」「唄を聞いてみたい。」と日が暮れるのが遅いと付きまとっている。 「女の帰る宿はどこだろう。」と後を追うものもいた。
夜も更けて、深い林の中から「虎子!虎子!」と呼ぶ声に誘われて、女は闇に見えなくなった。 その女は「虎子」という少女狢であった。
五城目では今も盆踊りの一節に残っている。
~浦の城から出た丁女(めらし)、としは十七、名はとら子、今を盛りと咲いたる花よ、人が見たがる折りたがる~
とあるのは、その狢のことだと言う。
<久保の狢>
五城目の近くに久保(大久保)という村がある。
そこに、夜更けになると決まって、なにかわからない、地面をしとしとと打つ音がして、地震のように家々に響き渡ることがある。
それを人々は「狢の野槌打ち」と言った。
その村に自正院という荒れ寺があった。 あまり荒れ放題なので、村人は再建しようということになった。
整理をしていると、柴小屋に毛もはげた古狢の死骸があった。
これは、この寺に住む年寄り狢であろう。穴に入ることもなく死んでいた。
村人が供養すると、「狢の野槌打ち」はぱたりと止んだと言う。