三種川(林崎村)  

=真澄記= 
老夫が言う。南に谷川があって、三種川と言う。 
その昔、巡国の高僧、主従五人で神仏巡拝しようとこの山に来て、数日逗留した。この高僧の装束は桐形の浮紋の衣に白錦の袈裟、白稜の襟覆、木蘭色の袴、赤鞘の黄金作の長剣を従者に持たせ、短刀を帯し、五寶の念珠をつまぐり、無節竹杖をつき、伴僧の装束とても常人とは見えない。 

しかるに、「当山の神仏に清浄の阿伽(あらゆる病気を治すという霊妙な薬。阿伽陀薬)を奉らばや、云々」 
寺僧に尋ねれば、「南に谷川あり」と言う。

 

きこりに問い、山賊に尋ねて川原へ至った。川盤平らで赤いこと馬脳のようだ。盤上は清らかで鏡面のようだ。まさにこれは仙境ではないか。 

源泉と思えるところに老翁が一人岩石に腰掛けていた。白髪に帯もままならないようで、高僧が怪しみ佇んでいると、老翁が「なぜこんなところへ来たのか。」と言う。僧は「この山へ登って帰ろうと思う。これを持って当山の神仏に清浄の阿伽を奉ろうと思い、源泉を求めて来た。」 

 

翁が「まさにここが源泉だ。この流れを汲みたまえ。」と言う。そのとき伴僧が水を汲もうと竹筒を取り出した。翁が「それは旅の器だ。私がこれを貸そう。」と瑠璃の水瓶を差し出した。僧が拝して「尊翁の住まいはいずれでしょうか。」、翁が「私に定まった住処はない。あちこちの洞窟、空木で風雨をしのぐだけだ。」、僧「しからば、恩借の麗瓶はどこに返却すればよいのでしょう。」、翁「つとめが終わったら、その水瓶は岩頭へ置いてっください。そのうち取りに参ります。」と言った。

三種川源流

また、僧が問う。「この清川の名は?」、翁「ここは三種川と名づけている。それは、水甘くして毒なし、是長寿の種なり。また、浅くして渡り易い、山業、農稼滞りなし、是福禄の種なり。また、蛇ダニの妨げなく、この村昼夜交わり遊び、楽の種なり。」と言って東山へ去っていった。

三種川(小町集落付近)

高僧は「これは仙人に違いない。」と跡を拝して見送ったと言う。 
三種川の由来とはかくの如し。高僧もかの瑠璃の水瓶に水を汲ませ、山に帰った。 

三種川の由来とはかくの如し。高僧もかの瑠璃の水瓶に水を汲ませ、山に帰った。 

翌朝、早速供養し奉り、翁が言ったとおり、かの瑠璃水瓶を小高い岩の上に据え置いて、山主に数日の饗応のを拝謝して山を下ることとした。

山主は「西に下山道がある。」と言ったが、高僧は「先日の道を下り、川下に見たいところがある。」と南川の小道を行こうとした。山主も今夕の宿まで見送ろうと、下僕一人を連れて共をした。 

やや行った所に滝があった。「この名はいかに。」と問えば、山主は「この滝は細く滝口は広く、扇面に似ているので「扇が滝」という。」と申す。

扇滝

いくつもの橋を渡って大路に出て村があった。はや夕暮れになっている。下僕に聞いた。「いままでいくつ橋を渡ったか。」、下僕は「最初の水上の小橋より今の橋で三十である。」と言う。 

 

かくて村に着いて、男一人出てきたので、「この村を何と呼ぶか。」と訪ねれば、「はやさき村」と言う。「文字は?」と聞くと、「林崎」と書くようだ。

林崎の村

傍らに桜が半咲きの大きな橋に出た。これで三十一橋目だと言うと、高僧は紙を出して、 
「三種川三十(みそじ)の橋のあやなきに はや咲きかかる花の歌橋」 
と書いて桜の枝に結び、「これよりは林崎村の歌橋と唱えたまえ」と言われたとか。 
さて、高僧主従、山主も互いに別れを惜しみ、旅宿で終夜笹を楽しんで、御物語あって明け、山主は高僧主従を見送って川上へ向けて帰ったと言う。 

三種川

<解説> 
林崎村(ハヤサキ村):現山本町森岳(もりたけ)。三種川中流の低地。